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松江地方裁判所 昭和38年(ワ)57号 判決 1974年4月03日

両事件原告 周藤福重

第五七号事件原告 雲島泰勇

同 今岡喜蔵

右原告ら訴訟代理人弁護士 松永和重

右原告ら訴訟復代理人弁護士 野島幹郎

両事件被告 斐伊川右岸土地改良区

右代表者理事 植田元確

右訴訟代理人弁護士 野尻繁一

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は両事件を通じすべて原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告ら

第五七号事件につき

原告らの被告に対する別紙記載の各賦課金債務の存在しないことを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

第七六号事件につき

被告が昭和三九年一月二〇日頃原告周藤に対してなした昭和三八年度かんぱい賦課金(その金額二、八六〇円)の賦課処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

主文同旨

第二、当事者双方の主張

一、請求原因

1  被告の目的と事業内容

被告は土地改良法に基き、農業経営を合理化し農業生産力を発展させるため土地改良事業及びこれに附帯する事業を行い、食糧増産に寄与することを目的として設立され、簸川郡斐川町出西地区、同町伊波野地区、同町直江地区、同町荘原地区及び平田市の各一部と斐川町久木地区及び同町出東地区の各全部で斐伊川右岸堤防と廃川新川左岸堤防に囲まれた地域における

(一) 県営出東村外六箇村農業水利改良事業並びに出東地区農地開発代行事業による施設の維持管理

(二) 区画整理

(三) 客土

(四) 地盤沈下対策事業

(五) 国土調査事業

(六) 湿田単作土地改良事業

(七) 区画整理完了事務事業

(八) 乾田化後の営農改善指導事業

(九) かんがい排水事業

(一〇) 災害復旧事業

を行う土地改良区である。

2  原告らの地位

原告らはいずれも前項記載地区のうち簸川郡斐川町伊波野地区内に農地を所有している被告の組合員である。

3  被告の原告らに対する経費賦課の事実

(一) 被告は原告らに対し、被告の事業に要する経費を別紙記載のとおり賦課した(以下これを本件第一賦課処分という)。

(二) 被告は昭和三九年一月二〇日頃、原告周藤に対し昭和三八年度かんぱい賦課金(その金額二、六八〇円)の賦課処分を行った(以下これを本件第二賦課処分という)。

(三)(1) 経常部賦課金とは、請求原因1に列挙した被告の実施する各改良事業に共通する運営事務費(日常事務に要する経費、諸会議費、上記費用に充てる為の一時借入金の利息等)に充当されるものである。

(2) 県営賦課金とは、島根県が直営で改良工事を実施した事業の経費で、その総額の一五・三%に当る金額を地元負担金として被告の組合員より徴収するものであり、請求原因5(一)がこれに当る。

(3) かんぱい賦課金とは、請求原因1(九)記載の事業費及び過去において実施されたかんがい排水事業のための借入金の償還及び金利の支払に充当されるものである。

4  本件賦課処分の法的根拠

本件賦課処分は土地改良法三六条、被告の定款四一条ないし四三条、五〇条及び被告の組合費賦課徴収に関する規約(昭和三〇年三月三〇日総代会決議で制定、昭和三四年九月二三日同決議により一部改正)(以下被告の規約という)に準拠するものである。

そして賦課の方法に関しては、土地改良法三六条二項は、経費の賦課に当っては当該事業によって当該土地が受ける利益を勘案しなければならない旨規定し、被告の定款四一条一項、四二条は、同定款四条の事業(請求原因(1)に列挙したもの)の施行に要する経費(経常部賦課金、かんぱい賦課金)及び県営賦課金は、その事業の施行によってその土地が受ける利益の程度(以下受益の程度という)に応じ地積割をもって組合員に賦課する旨規定している。

5  被告の規約に定める賦課の方法

ところが、被告の規約によると被告の経費賦課の方法は概ね次のとおりとなっている。

(一) 県営出東村外六箇村農業水利改良事業の負担金(県営賦課金)

……被告の区域内の耕地に反別割をもって耕作者たる組合員に賦課する(二条一項一号)。

(二) 請求原因1(一)(八)(九)(一〇)、の事業を行う為に必要な経費(経常部賦課金、かんぱん賦課金)

……(一)に準じこれを賦課する(二条一項二号)。

(三) 請求原因1(二)ないし(七)の事業を行う為に必要な経費(経常部賦課金)

……その事業を行う為に定めた区域の当該年度の事業費をその区域内の耕作地の面積で除して得た額をその区域内耕地の反当額として、その耕地の耕作者たる組合員に賦課する。但し、その区域の耕作者の協議によって別に定めた賦課額を理事会に於て承認したときはこれに従うことができる(二条一項三号)。

(四) その他の経費

……当該年度の予算額を被告の区域内耕地に反別割をもって耕作者たる組合員に賦課する(二条一項四号)。

右の賦課方法によれば、県営賦課金、経常部賦課金及びかんぱい賦課金はすべて被告の区域内の耕地((三)についてはその事業を行うために定めた区域)に反別割をもって耕作者たる組合員に賦課されていることになる。

6  原告周藤の申立の事実

原告周藤は本件第二賦課処分に不服であったので、被告の定款四四条に従い、昭和三九年一月二五日、被告に対し異議申立を行ったところ、被告は同年二月四日右申立を却下し、同日これを原告周藤に告知した。

7  本件各賦課処分の瑕疵

(一) ところで、被告の区域は東西約一二キロメートルにわたり、その総面積は三、二〇〇町歩、標高は東端で一二メートル、西端で〇・四メートルであって、その地形は地域ごとに異り、従って被告の土地改良事業によって受ける利益も地域によって著しく異る。そしてその割合は昭和三四年九月二三日改正前の被告の規約別表記載の金額(後出被告の主張(二)掲記の各数額)に比例している。しかるに、被告の規約は右のような受益の差異を無視して均等に反別割賦課の方法を定めているのであるから強行規定である土地改良法三六条二項及び被告の定款四一条一項、四二条に違反して無効であり、右規約に基く本件第一賦課処分もまた無効である。

(二) また、被告が昭和三〇年三月三〇日総代会の決議により制定した規約では、県営賦課金及び請求原因1(一)の事業に関する経常部賦課金については受益の程度に応じ地積割をもって賦課することを定めていた(二条一項一号、二号)のであるが、被告は昭和三四年九月二三日総代会決議により右規定を削除し、請求原因5(一)(二)のとおり反別割賦課に改正した。しかし、右の改正は土地改良法三六条二項に反する改正であるから無効である。

仮に、そうでなくても、右の改正は実質的には被告の定款四一条一項、四二条を変更するものであるから定款変更の手続がとられなければならないところ、被告においては右手続がとられていないから無効である。

従って本件第一賦課処分もまた無効である。

(三) ところで、原告の耕地の存する上直江第三工区内の土地は被告が施行したかんがい排水事業によって受ける利益は被告区内において最少である。例えば、黒目下、中の洲下、沖洲下等の工区における土地の受ける利益の三割乃至五割にも達していない。しかるに、被告区の規約は右のような受益の差異を無視して均等に反別割賦課の方法を定めており、右規約に基く本件第二賦課処分は土地改良法三六条二項及び被告の定款四一条一項に違反するものである。

8  以上によれば本件第一賦課処分は無効な被告の規約に基くものであって、重大かつ明白な瑕疵があるというべきであるから、原告らは被告に対し別紙記載の各賦課金債務の存在しないことの確認を求め、また原告周藤に対する第二賦課処分には前項(三)の瑕疵が存するので右賦課処分の取消を求める。

二、請求原因に対する答弁および被告の主張

1  答弁

(一) 請求原因1ないし6の事実は認める。

(二) 同7の事実は被告の面積、地形が原告ら主張のとおりであること、改正前の被告の規約が原告ら主張の如く差等を設けた賦課方法を規定していたこと、右規定が原告ら主張の日にその主張のとおり均等反別割方式に改正されたこと、右改正については定款変更の手続がとられていないことは認め、その余は争う。

2  被告の主張

(一) 受益の程度の意味

土地改良法三六条二項にいう「当該土地が受ける利益」とは、当該事業の対象となった土地がその事業によって完成した施設を適切に利用することによって直接享受する効果をいう。例えば、かんがい事業にあっては設けられた用水路を利用して農業用水の取入をなすこと、排水事業にあっては設けられた排水路を利用して土地の悪水、地下水を流出させ乾田化を図ることをいうのである。そして「受ける利益を勘案しなければならない」とは、右のような「受ける利益」を考慮して経費を賦課しなければならないという趣旨であり一種の訓示規定であって、受益に即して賦課せよという趣旨ではない。けだし、受益に即しての賦課ということであれば、一般に土地はすべてその高低、傾斜等諸般の事情からして均等のものではなく、従って事業によって受ける利益にも差異が生ずるところ、これを精細に測定したうえで経費を賦課すべきこととなるが、かようなことは到底不可能だからである。そして被告の定款四一条一項、四二条が受益の程度に応じて賦課する旨定めているのも右の土地改良法三六条二項の趣旨に従ったものであり、両者は同意義である。

(二) 被告の規約改正の経緯

被告においては、農地改良工事の当初は当該事業によって当該土地が受ける利益は必ずしも平等ではなかった。これは原告ら主張のように被告の区域が広大であり、その地形も地域ごとに異ることにも帰因する。そこで、昭和三〇年度以降の各経費の賦課に当っては、暫定的措置として、耕地反当りの金額について被告内の地域に左記の格差を設けることとし、昭和三〇年三月三〇日この旨の規約が制定された。

出西地区      三三八円

伊波野地区     九七八円

直江地区    一、八七一円

久木地区    二、一四二円

荘原地区    二、六〇六円

出東地区    三、二四三円

平田(市)地区 三、八三二円

そして右の賦課方法は昭和三三年度まで継続したのであるが、昭和三二年、県営のかんぱい事業の工事が完了し、団体営の改良諸工事も着々と進んだため、被告内の全地域において用水幹線、排水幹線の利用が可能となるなど「受ける利益」についての地域格差が解消し、受益の程度はほゞ平等と推定されるに至り、前記規約はかえって実情に合わないものとなった。そこで、昭和三四年九月二三日右の事態に即応するための措置として土地改良法三〇条一項二号、六号に基き前記規約が改正され、昭和三四年度から反別割賦課の方法がとられることとなった。

(三) 被告の規約及び本件第一、第二各賦課処分の適法性

以上のとおり、被告の規約の改正及び改正後の規約に定める反別割賦課の方法は実質的には土地改良法三六条二項の「当該土地が受ける利益を勘案」したものであり、被告の定款四一条一項、四二条にいう受益の程度に応じた賦課であって全く適法であり、右規約に基く本件各賦課処分もまた有効である。

三、被告の主張に対する答弁

被告において昭和三〇年度以降昭和三三年度まで被告主張の賦課方法がとられていたこと、昭和三二年、県営の用水幹線工事及び排水幹線工事が完了したことは認める。

その余の事実は否認する。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、請求原因1ないし6の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、本件第一、第二各賦課処分に瑕疵があるかどうかについて判断する。

被告の区域は東西約一二キロメートルにわたり、その総面積は三、二〇〇町歩、標高は東端で一二メートル、西端で〇・四メートルであって、その地形は地域ごとに異なっていること、被告が昭和三〇年三月三〇日総代会の決議により制定した被告の規約では、県営賦課金及び県営出東村外六箇村農業水利改良事業並びに出東地区農地開発代行事業による施設の維持管理の事業に関する経常部賦課金については、受益の程度に応じ地積割をもって賦課することとし、出西地区三三八円、伊波野地区九七八円、直江地区一、八七一円、久木地区二、一四二円、荘原地区二、六〇六円、出東地区三、二四三円、平田(市)地区三、八三二円の格差を設けていたこと、被告は昭和三四年九月二三日総代会決議により右規定を削除し、県営賦課金、経常部賦課金及びかんぱい賦課金はすべて被告の区域内の耕地に反別割をもって耕作者たる組合員に賦課することに改正したこと、右改正には定款変更の手続がとられていないことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すれば次の事実が認められる。

斐伊川の下流地帯は昔から低湿地であるため排水と湛水とに悩まされていたが、これを解決するには排水系統の整備が必要であるため、昭和一二年に旧出東村外六箇村農業水利改良事業が発足した。右事業は戦時中にはほとんど進行しなかったが、昭和二二年からは島根県が排水事業を行なうこととなった。

この県営事業としては宍道湖岸に堰堤を築き、渠水溝を掘り、排水機を設置するとともに排水幹線の整備が考えられた。そして、排水幹線としては中央部では五右衛門川が従来曲っていたものを直線とし、護岸工事をほどこして土砂の崩壊を防ぎ、上流は出西境まで延長して排水の便をはかることとし、北部では新川を改修して久木の原鹿、今在家及び伊波野の鳥屋方面の悪水を排除することとした。また用水幹線としては北部では砂川用水(上流、伊波野地区、北島の東部から砂川を下って出東地区内の荘原、平田県道に至るもの)が、南部では高瀬川用水(出西地区川向より発して、伊波野地区の平野をよぎって八頭伊波野原、直江町、新市より馬役を通過して荘原地区の荘原、平田県道の西地点に至る河川)の工事が計画された。

被告は昭和二七年九月二二日設立議決された土地改良区で、賦課金は昭和三〇年に初めて徴収に関する規約を設け、昭和二七年度の決算にさかのぼって徴収した。昭和三〇年三月当時前記県営工事は斐伊川下流部分から上流に約二キロメートルの地点までしか行なわれていなかったので、明らかに上流と下流では受益に差があり、賦課率は、上流下流の別や田地の標高によって差がつけられていた。前記県営工事は昭和三二年に完了し、上流部の用水は幹線によって下流部に送られ、組合員は用水支線を引くことによって各田まで水を引くことが可能となったほか、従来の曲りくねった排水河川は直線に改修されたため、悪水、滞水の除去が自由に出来ることとなった。その結果上流においても前記県営工事により利益を受けるようになった。

原告ら三名はいずれも被告改良区の伊波野地区に居住する者で、昭和三二年から前記県営工事の利益を受けることが可能となった。かように認められる。

ところで、土地改良法三六条二項は経費の賦課に当っては、当該事業によって当該土地が受ける利益を勘案しなければならないと定め、本件第一、第二賦課処分当時の被告の定款(以下旧定款という)四一条、四二条にはその土地が受ける利益の程度に応じ地積割を以って組合員に賦課すると定められている。しかしながら、およそ土地改良事業区内の土地の受益程度は改良事業の進展に伴って逐次変化するものであるのみならず、区内各土地それ自体においても標高、傾斜、土質、用途、事業施行による営造物との遠近関係等に差異があることは当然であって、これを厳密にみれば、受益の程度はある一時点においても土地一筆ごとに異るものであるのみか事業の推移とともにすべての土地につき受益程度が時々刻々変ることになるのであり、これをその都度数学的数値をもってあるいは自然科学的な精度で測定し賦課金に反映させることは不可能といわざるをえず、従って前示の法にいう受益勘案あるいは定款にいう受益程度というのは、これらの定めが現実の問題を処理するための基準であることよりすれば、相当程度の幅を許容されている類型的、大数計算的なものとして把握すべきことになろう。そこで本件各賦課処分が右に説示した内容の受益勘案、受益程度即応の原則に背馳するや否やすなわち処分の瑕疵の有無についてみるに、前認定事実特に昭和三二年に県営工事が完了し、爾来原告らを含む組合員は用水排水の設備を容易に利用できるようになったことに徴すれば、右県営工事完成に伴い従前に存した受益程度の差異は消滅したものとみるのを相当とすべきであり、第七六号事件原告周藤主張の第二賦課処分取消の事由があることは肯認しえず、従って被告が昭和三四年九月二三日にした被告の規約の改正は事業の進捗に伴う対象土地の新事態にそうものであって受益の程度に却って即応するようにしたものといわざるをえず、右改正規約は土地改良法三六条二項、定款四一条、四二条に符合こそすれなんら違背するものとはいいえず、右改正規約に基いてなされた本件第一賦課処分は有効であり、また本件第二賦課処分にも取消事由となるべき瑕疵を見出しえない。

三、以上により、被告のした本件第一、第二賦課処分に瑕疵はなく、第一賦課処分に基く別紙記載の各賦課金債務は有効に存在するとともに、第二賦課処分も有効であるといわねばならない。

よって原告らの本訴各請求は理由がないのでいずれも棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今枝孟 裁判官 山田真也 草野芳郎)

<以下省略>

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